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高松高等裁判所 昭和30年(ナ)3号 判決

原告 新見隆嘉

被告 徳島県選挙管理委員会

補助参加人 井内忠雄

主文

被告が、昭和三十年五月十七日施行の徳島県板野郡土成町議会議員選挙(但し第一選挙区)における当選の効力に関する訴願につき、同年八月二十九日なした「同年六月二十三日附で土成町選挙管理委員会がなした異議申立却下決定を取消し、原告の当選を無効とする」旨の裁決はこれを取消す。

訴訟費用は、原告と被告との間に生じた分は被告の負担とし、補助参加によつて生じた分は被告補助参加人の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項と同趣旨及び訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和三十年五月十七日施行された徳島県板野郡土成町議会議員選挙(第一選挙区)に立候補し百七十八票を得て、同数の投票を得た井内忠雄(被告補助参加人)と抽せんの結果原告が当選したものであるところ右井内忠雄外九名より原告外三名の当選の効力に関し土成町選挙管理委員会に対し異議を申立て、同委員会は同年六月二十三日右異議申立を却下する旨の決定をしたが、右異議申立人等は更に被告に対し訴願を提起し、その結果被告は同年八月二十九日、右土成町選挙管理委員会がなした右決定を取消し、原告の当選を無効とする旨の裁決をした(該裁決は同年九月九日徳島県選挙管理委員会告示第八十二号で告示)。而して右裁決の理由は、原告の得票とされた百七十八票の中にと記載した投票が一票存するところ、原告の通称化された屋号はであつて、右と記載した投票は何人を記載した投票であるか不明であり、無効と解する外ないから原告の得票数は右無効票一票を差引き百七十七票となり、従つて百七十八票を獲得した前記井内忠雄より下位となるから、土成町選挙会において右井内と抽せんの結果原告を当選人と決定したのは失当である。と謂うのである。しかし(ヤマロク)の外(カネロク)もまた原告家の通称化された屋号である。即ち原告の父新見六郎は新見幾久郎(原告の祖父)の家より分家したものであるところ、その分家した家宅がたまたま山麓にあつたから山六と呼ばれるようになつたものであるが、他方本家にあたる右幾久郎の家の屋号は(カネイ)であつて、原告の父六郎は分家後屋号をと称え、爾来原告の代に至つているものであり、右は原告家の屋号として近郷在住者に汎く呼称されているところである。従つてと記載された投票は原告に対する投票であること明白であり、原告の得票として有効であるに拘らず、被告が前記の如くこれを無効投票と断じ、原告の当選を無効とする旨の裁決をしたのは違法であつて、該裁決は取消を免れないから、本訴請求に及んだものである。と陳述し、尚(一)以上の如く原告乃至原告家を表示するものは先代六郎の名に渕源する六そのものに外ならないから、本件選挙において原告以外の候補者中にその氏名または通称において六の字で表現されるものがない以上六の字が記載されている投票はそれがであるとあるとに拘らず原告に対する投票であること明白である。(二)昭和二十六年四月施行された土成村議会議員選挙においても原告は立候補したものであるが、その際推薦届出人浅野敬外一名は原告の通称がである旨届出をなし、該選挙においてはと記載された投票が二十数票あり、これ等はすべて原告の得票に数えられたものである。と附陳した。(立証省略)

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、答弁として、原告主張事実中本件選挙において原告が当選人となつたこと、被告が原告主張のような裁決をしたことはこれを争わないが、と記載した投票が原告の得票として有効であるとの主張はこれを争う。屋号等を記載した投票の有効無効はその屋号が通称化されている場合に限り有効と見るべきであり、右通称化されている場合とは世上一般に氏名に代るべきものとして呼称されている場合でなければならないところ、仮に原告がなる屋号を有しているとしても右屋号は選挙人に全く知られていない。被告のなした裁決に何等違法はなく、取消されるべきではない。と述べた。(立証省略)

被告補助参加人は、被告のため、(一)原告の通称化された屋号はのみである。(二)土成町選挙管理委員会においては、候補者の通称屋号等については届出制を採用し、開票に先立ち、届出のあつた通称名を開票管理者より開票立会人(十名)に披露しその承認を求めた上開票したものであるところ、原告については開票前その通称としてなる届出があつたのみであるから、と記載した投票を原告の有効得票と認めることはできない。(三)本件と記載した投票は原告に対するいわゆる正票として処理されているところ、右役票は少くとも疑義票として扱うべきであり、開票管理者は右票に対する取扱手続を誤つているのみならず、右と記載した投票につき開票立会人の意見を意見を聴いた形迹がないから、公職選挙法第六十七条前段の規定に違背し、右投票の効力を認めることができない。(四)徳島県板野郡土成町には、なる屋号を有している家として、(イ)大字吉田字川久保百六十四番地、原田一恵、(ロ)大字秋月字月成三十四番地の一、佐坂民安、(ハ)大字成当四百八十番地、松本菊市、(ニ)大字土成字南原二百三番地の一、小川利之の四軒がある。従つて仮に原告がなる屋号を有するとしても、と記載された投票が直ちに原告に対する投票であるとは断ぜられない。殊に右原田一恵は本件選挙より六日前(昭和三十年五月十一日)に行われた土成町教育委員選挙に立候補し最高点で当選しているから、本件選挙に際し選挙人が右教育委員選挙と間違えて原田一恵に投票する意思でと記載して投票することも考えられる。(五)また本件選挙に立候補した大塚一夫の屋号はであり、渋谷績の屋号はであるから、と記載した投票は右またはの誤記であるかも判らない。(六)原告が昭和二十六年四月施行の土成村議会議員選挙立候補に際しなる屋号を届出たこと及び右選挙においてと記載した投票が二十数票存した事実を否認する。要するに本件と記載した投票は公職選挙法第六十八条第七号にいわゆる「公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」に該当し無効たるを免れず、右投票を無効と判定した被告の裁決は正当である。と述べた。(立証省略)

理由

昭和三十年五月十七日施行された徳島県板野郡土成町議会議員選挙(第一選挙区)において、右選挙に立候補した原告と被告補助参加人井内忠雄とがその得票数同数(百七十八票)となつたものとして抽せんの結果原告が当選したこと、然るところ右井内忠雄外九名は土成町選挙管理委員会に対し原告外三名の当選の効力に関し異議の申立をなし、同委員会は同年六月二十三日右異議申立を却下する旨の決定をしたが、右異議申立人等は更に被告に対し訴願を提起し、その結果被告は同年八月二十九日、原告の得票とされた百七十八票の中と記載した投票一票は何人を記載した投票であるか不明の無効投票であることを理由に(原告の得票中一票が無効であれば、井内忠雄の得票の方が多くなる)、前記土成町選挙管理委員会がなした異議却下決定を取消し、原告の当選を無効とする旨の裁決をしたことは、本件当事 者間に争がない。仍て本件唯一の争点である右と記載した投票一票(以下本件投票と称する)が原告に対する投票として有効であるか否かの点につき以下審究する。

先ずが原告の屋号であるか否かの点につき検討するに、成立に争のない甲第一号証、第三者の作成に係り当裁判所が真正に成立したものと認める甲第三号証、証人国金玄、同日野茂一、同国金恵一、同日野正二、同森元則、同森義男、同新見尊言、同川田秀信、同宮田清市、同松永利治の各証言並に検甲第一乃至第三号各検証の結果を綜合すれば、原告の亡父新見六郎(昭和二十年四月一日死亡、原告において家督相続)は新見幾久郎(原告の祖父)の末子であつたところ、大正四年一月十四日分家をしたこと、右新見幾久郎の家即ち本家の屋号はであつたところより、右六郎は自己の名の六をとり、分家の屋号をとしたこと、爾来右六郎及びその家督相続人である原告はを屋号として、日常使用する農器具及び番傘提灯等にもなるしるしをつけていたこと、他方前記六郎は右分家にあたり山麓に新宅を構え山を開墾していたため、誰云うとなく右六郎を「山の六さん」と呼称するようになり、それがいつしか略して「山六」と呼ばれるようになつたこと、而して右六郎死亡後においてもその後継者である原告を「山六」と呼称する者があることを夫々肯認することができ、ヤマロクは原告の俗称または愛称ともいうべきものであつて、原告の屋号は(カネロク)であることを認めるに十分である。

仍て次に原告の右なる屋号が通称化されているか否かの点につき審按するに、前顕甲第三号証、前顕証人日野茂一、同新見尊言、同宮田清市の各証言を綜合すれば、原告は徳島県板野郡土成町大字土成の西原部落(戸数九十六戸)に居住している者であるところ、原告の屋号である右は右部落内に相当知れ亘つていることを窺うことができるのみならず、証人富加見繁太郎の証言(第二回)により昭和二十六年四月施行された土成村議会議員選挙における投票であることが認められる甲第四号証の一乃至三、成立に争のない甲第五号証に証人富加見繁太郎(第二回)、同森元則、同森義男の各証言を綜合すれば、昭和二十六年四月二十三日施行された土成村議会議員選挙において原告は百十一票の得票を得て当選したものであるところ、右得票中二十八票はと記載されていることを認めることができ、原告の右なる屋号は相当程度通称化されているものと謂わなければならない。被告補助参加人は、右甲第四号証の一乃至三中と記載した分は本件訴訟提起後原告または何人かゞ作成して差し替えたものであると主張するけれども、右甲第四号証の一乃至三を点検してもかかる形跡は全然存在しない。また甲第四号証の一乃至三の各投票は公職選挙法第七十一条に定める保存期間を既に経過しているとはいえ、廃棄されずに現存している以上訴訟において証拠力がないとはいえない。その他被告並に被告補助参加人の提出援用に係る各証拠を以てしても叙上認定を動かすことができない。

凡そ投票の効力決定に当つては、公職選挙法第六十八条(無効投票)の規定に反しない限りにおいては、その投票した選挙人の意思が明白であれば、その投票を有効とするようにしなければならないことは同法第六十七条後段の明定するところであり、また立候補制度を採用している現行選挙法の下においては選挙人は候補者中の何人かに投票したものと推定するを相当とするところ、は原告の屋号であつて而も相当程度通称化されていると認められること前段認定の通りであり、且つ原告以外の候補者においてなる屋号を有しているものが存しないこと弁論の全趣旨により明らかであるから、本件と記載した投票は、選挙人がこれによつて原告を表示しようとしたものであることは容易にこれを看取することができ、右投票は原告に対する有効投票と判定して妨げないものと謂わなければならない。(本件投票のようになる記号が記載されたものでも、六なる文字と相俟つて候補者の通称化された屋号を表示したものと認められる限り無効投票と解すべきものでないことについては、最高裁判所昭和二九年一二月二三日、昭和三〇年三月一一日各判決参照)。尚証人渋谷富士太郎、同尾形義美の各証言によれば、土成町においてなる屋号を有している家が原告一恵方外三軒(小川、佐坂、松本)存すること、右原田一恵は本件選挙より六日前である教育委員選挙において最高点で当選したことを認めることができるけれども、右原田一恵外三名はいずれも本件選挙の立候補者でないこと明らかであるから、前叙説示に照し本件投票が右原田外三名の中の何人かを表示したものと見ることはできない。また証人富加見繁太郎(第一回)及び同森義男の各証言によれば、本件投票は判然と記載されていたこと明らかであり、本件選挙に立候補した大塚一夫の屋号、または渋谷績の屋号の誤記であるとは到底見られない。

次に被告補助参加人は、原告がなる屋号を有することについては開票前届出がなかつたのであるから、本件投票を原告の有効投票と認めることはできないと主張するところ、成立に争のない丙第二号証及び証人富加見繁太郎の証言(但し第一回)に徴すれば、本件選挙の開票当日開票に先立ち口頭で原告の通称としてヤマロクの届出があつたけれども、なる屋号については何等届出がなかつた事実を認めることができるけれども、前認定の如くが原告の屋号として通称化されている以上開票前において右屋号につき届出がなかつたからといつて本件投票の効力を否定することはできない。更に被告補助参加人は、本件投票が正票として処理されたことを非難し本件投票については開票管理者が開票立会人の意見を聴いていないから無効であると主張するにつき考察するに証人富加見繁太郎(第一、二回)、同森義男、同宮田清市、同松永利治の各証言を綜合すれば、本件選挙の開票途中においてと記載した一票即ち本件投票があらわれたため、開票管理者である富加見繁太郎が右投票の効力につき開票立会人等の意見を聴いたところ、開票立会人等は全員異議を唱えず右投票を原告の有効投票とすることを承認したこと、そこで右投票はいわゆる正票として処理されたものであることを認めることができ、証人木村家孝、同柏木恒雄、同中村虎一郎、同笠井弘の各証言中右認定に反する部分は前掲各証拠と対比して措信し難い。尤もこの場合右投票の処理方法としては、開票前に原告よりなる屋号の届出はなかつたのであるから、これをいわゆる疑義票として扱いその有効無効につき各開票立会人の認印を求めることが妥当な方法であつたであろうけれども、右認定の如く開票立会人全員の承認を得た以上開票管理者がこれを正票として処理したことを以て必ずしも違法であるとはいえない。また仮に補助参加人主張の如く開票管理者が本件投票の効力につき開票立会人全員の意見を聴かなかつたとしても、それは投票の効力を決定する手続に瑕疵があるに止まり、当該投票の効力が絶対的に否定されるものとは考えられない。いずれにしても被告補助参加人の各主張は採用することができない。

以上説示した如く本件投票は原告の有効投票と認めるのが相当であるから、被告が本件投票を候補者の何人を記載したかを確認し難い無効のものと判定して、土成町選挙管理委員会のなした異議却下決定を取消し原告の当選を無効とする旨の裁決をしたのは違法たるを免れない。

仍て被告のなした右裁決の取消を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十四条を準用して主文の通り判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

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